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NPO結いのき コラム

NPO結いのき コラム
私たちのボランティアの役割はこれだったのではないかと思う。
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    結いのきコラム 2020年1月21日火曜日


    阪神淡路大震災25年に想う4(最終回)


    ボラティア山形

    あれから25年・・・四半世紀になる阪神淡路大震災
    既に風化しているか? 阪神淡路大震災の教訓


    多くの被災者のみなさんの引っ越し作業、障がい者のみなさんの入浴のお手伝いなど幅広いニーズに応えるべき、汗をかき一生懸命に働いてくれた。
     これが機会となって東灘区身心重度者(児)父母の会や都市生活生協の皆さんらと心を寄せ合い、助け合う関係となっていった。
    また、長崎のみそ半松永さんとの出会いもここにあった。
     この方たちが、3.11東日本大震災時に、その夜から東北の為、生活クラブやまがたの組合員のために人・物・金をもたらしてくれた。
    私たちも予想もしない災害に襲われ、それを既に克服しようとしていた神戸や長崎の皆さんが私たちを応援に来てくれたのだった。
     あの日から24年。
    世間では既に何もなかったように人の心には既に風化さえしている。
     あの被災した神戸の光景がいまも目に浮かぶ。
    私たちはあの時の神戸の被災を語り続けていかないればならないと、あらためて思う。


    阪神淡路大震災25年に想う4(最終回)

    ボランティア山形 代表理事 井上肇

    25年前の当時は多くの人たちは「ボランティア」という言葉には、「無料奉仕」という程度の解釈しかなく、「志願兵」という社会活動であることを知る者は少なかった。

    だから活動への参加も「そんなことまでしなくても」といった批判に近いこともだいぶ言われた時代でもあった。

    いまでもすべてが理解されているとは限らない。

    何らかの報酬を求めている人もいるのも、会社や団体の利益になることを期待している人もいる。

    当時もそういう壁を乗り越えてきた人もいるだろう。

    でも多くの人は「居ても立っても居られない」心境で、身体が動いていたという人たちだった。

    いわゆる変人だと言われた。

    しかし、協同組合陣営……特に生活協同組合は被災地に物資やカンパをすぐに届けた。

    そこには「コープこうべ」という日本最大級の供給と組織率と歴史をもつ生協があったから……が、本音ではないだろうか。

    当時の米沢生協がわざわざ「ボラティア山形」を立ち上げた理由には次のような理由からだった。

    生協陣営同士の助け合いは大事だが、被災地兵庫県はコープこうべだから私たちが関わらなくても、全国の日本生協連の仲間たちがいる。

    それより一般市民への手を差し伸べる人手がいる。

    わが生協は当時は理事会も組合員も高齢化していた。

    職員数もイケイケドンドンの時代で拡大に追いつかないほど不足していた。

    この状態では組織外への呼び掛けをしよう。

    心ある市民の出番だという結論に達し、呼び掛けをした。

    ボランティアに参加した者の多くは「使い切りカメラ」を持参していた。

    しかし、現地に行きその光景の中に入った途端、誰もが撮影をすることを遠慮した。

    いや正確にいえばそんな気すら起こらなかっただろう。

    ボランティアの仲間たちは夕食を前に必ずミーティングをした。

    各人の一日の出来事と学んだことをミーティングの中で、お互いの明日のボランティアに活かすことにしていた。

    ミーティングの中で皆が共通したことを言っていたのが「あんな遠くの山形から来てくれてありがとう」だった。

    そして菓子パンを差し出して(これも共通していた。

    配給が毎回菓子パンで3日目から飽きたという。

    各家庭で山ほど余っていた)昼食やおやつにいただいた。

    そしてあの地震のあった時から今日までの心境を私たちボランティアに話すのだった。

    その話はいのちが永らえたことが本当によかったのだろうか。

    壊れた家屋の中のあちこちから助けての声が聞こえたが、素手で屋根や柱をあげて助けようにも助けられず、火災の中で生きて死んでいった者への悔い。

    堰を切ったように語る被災者の皆さん。今日まで我慢してきた心の中にできた塊を吐き出すように言うのだった。

    私たちのボランティアの役割はこれだったのではないかと思う。

    作業の汗で信頼を結び、そのあとの心の中の塊を溶かすきっかけを作ることだったのかもしれない。

    あの日あの時出会った被災地と被災者の人たちはいまどうしているだろうか。

    元気にしているだろうか。



    2020年1月18日(土)記



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    | 阪神大震災 | 18:21 | - | - | - | - |
    応援する市民の会と東灘区重度身心障がい者父母の会
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      結いのきコラム 2020年1月20日月曜日

      震災から5週間が過ぎた2月25日(土)午後6時、8名を乗せたワゴン車が、米沢生協を出発。

      2月26日(日)悲惨な光景に絶句。
      高速道路は、尼崎インターまで。交通規制が厳しく、国道2号線、43号線は、許可車以外は通行できない。
      神戸が近づくにつれ、悲惨な光景が目立ってくる。
      テレビなどで、見慣れた風景のはずなのに、心をえぐられる思いになり、みんな、ただ絶句。



      ボラティア山形


      あれから25年・・・四半世紀になる阪神淡路大震災

      既に風化しているか? 阪神淡路大震災の教訓



      阪神淡路大震災25年に想う3


      ボランティア山形 代表理事 井上肇

      被災地の兵庫県には伝手(つて)は高見裕一衆議だけだった。

      神戸の高見事務所とは電話やファックスで連絡を取っていたが、混乱しているためか要領が得ない。

      とりあえず寝床として事務所の二階を借りることにした。

      神戸の街は空襲にでもあったように、火災と揺れで建物は壊れ、まだ煙があちこちにあがっていた。

      高見事務所から依頼された東灘区役所の解体作業を手伝う予定が、区役所に行くと職員に怪しがられたのか、役所の中ではたらい回しに合う始末だった。

      仕事にあぶれた私たちは、仕事は自分たちで探すことにして町の中を徘徊した。

      すると道路の向かい側に、マスクを掛けてリュックを背負った私たちと似たような集団と出会う。

      彼らは東京から来たボランティアだった。

      「応援する市民の会」がボランティアを募集しているという。

      早速私たちは彼らに同行した。

      事務所には所狭しと大判用紙にボランティアの仕事が張り出されていた。

      引越し、情報のチラシ巻き、障がい者の入浴など沢山あった。

      この団体は震災翌日からできた団体で、母体は「大阪ボランティア協会」と「経団連」によって組織されたことを後日知る。

      ボラティア山形のメンバーたちは早速自分の得意とする仕事を見つけて、活動に参加した。

      私と新関さんはボラティア先を追いかけていき、依頼主から要請された希望人数と仕事の内容がマッチしているかを確認した。

      人手が不足していそうなら市民の会に戻って、不足人数を送った。

      大半の依頼主は希望人数を控えめに頼んでいるのだった。

      ここでボランティアの受付や対応を学んだ。

      この仕組みは後に全国の社会福祉協議会に普及することになる。

      その後、全国で活躍している災害ボランティアのリーダーたちは私を含め、この市民の会出身者たちが多い。

      障がい者の入浴手伝いを依頼してきたのは「神戸市東灘区重度身心障がい者父母の会」だった。

      同行の高梨氏がボランティアを希望し、私たち男性らが入浴を手伝うことになった。

      世話人の武田純子さんと初めてそこで出会う。

      武田さんはこの団体の事務局として活動していた。

      息子さんが重度の障がい者だった。

      武田さんはヘルメットとマスク姿の私たちを見て驚き、正体暴きを試みるのだった。

      いかにも怪しい集団と思ったことだろう。

      新関さんがお世話した黒田君は、シャンプー液を頭からダラダラ掛けられ、目にシャンプーが入って大変だった。

      ますます怪しいボラティア山形と思ったに違いない。

      つづく

      2020年1月14日(火)記


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      | 阪神大震災 | 15:33 | - | - | - | - |
      そして「神戸の復興から日本の再出発を学ぼう」の合言葉が生まれた
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        結いのきコラム 2020年1月19日日曜日


        あれから25年・・・四半世紀になる阪神淡路大震災

        既に風化しているか? 阪神淡路大震災の教訓2



        ボラティア山形


        ボランティア山形を結成したのはいいが、なにをどうしていいのかわからない。現地へ行く前の不安は日増しに増す。しかし報道で知った県民からはボランティア希望が予想以上に多くなった。


        阪神淡路大震災25年に想う

        ボランティア山形 代表理事 井上肇

        とりあえず登録者の中から現地神戸へ何回に分けて出かけることになった。

        その数63名だった。

        ワゴン車1台で行く。

        2台で行くこともあった。

        それから約3年間、現地との交流が始まるきっかけとなった。

        先ず1月20日に第一弾をとして、米沢生協職員の八巻賢二さんがトラックに食料や生活用品を満杯にして行く手はずだった。

        東京からはほんの木の柴田敬三社長、高橋直利氏、ビデオジャーナリスト神保哲生氏が同行する予定だった。

        テレビで被災地阪神を見る限りでは、手の施しようのない無残な街並みが映し出され、私たちは「ボランティアに何をできるのだろうか」と不安になっていた。

        その矢先に職員の野田透さんが盲腸になってしまい、八巻さんの派遣第一弾は急遽延期となった。

        当時の米沢生協理事長の小島八郎さんは

        「これだけの甚大な被害だけに、人の心も痛んでいる。

        ボランティアだからといって『助けてあげる』などという気持ちで行くことのないようにしなさい」

        と私たちを戒めた。

        そして「神戸の復興から日本の再出発を学ぼう」の合言葉が生まれたのだった。

        小島理事長はボランティアの出陣式には、必ずこのことを話すのだった。

        ボランティア山形号と名付けたサイデン工業様から提供のワゴン車の両横外には、ワープロで大きく合言葉を書いた紙を貼って行くことにした。

        私は多くの友人や知り合いにボランティアを呼び掛けた。

        新関寧さんは往復の運転手をアルバイトでお願いした。

        後に長井市長になる内谷重治氏も参加した。

        売名行為になるから行かないと言ったA氏には皆がガッカリしたものだった。

        栄光園からも阿部久氏や星野某職員が参加してくれた。

        金融関係からは山形銀行本店のB氏がコッソリと休暇を取り参加した。

        松本由美子さんの所属していた手話サークル年輪からはろうあ者の方数名と通訳者2名が参加してくれた。

        新庄からは60歳を過ぎた多田さんという女性が来てくれた。

        私はまったく現地に行く予定ではなかった。

        そんな私に第一弾出発のその日に松本さんはこう言った。

        「このボランティア山形への期待は組織の内外共に予想以上に大きい。

        絶対に(やり遂げたという気持ちで)満足して帰ってくることが次につながる。

        そのためにコーディネーターが必要だから井上専務がその役割を果たすこと。

        成功したら参加者皆の成果だし、失敗したら専務の責任と思って同行してください」

        急な話だったが私は新関さんのナビゲーターとして参加した。

        つづく


        2020年1月13日(月)記

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        | 阪神大震災 | 11:46 | - | - | - | - |
        あれから25年・・・四半世紀になる阪神淡路大震災
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          結いのきコラム 2020年1月18日土曜日


          あれから25年・・・四半世紀になる阪神淡路大震災

          既に風化しているか? 阪神淡路大震災の教訓



          ボラティア山形


          1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災から25年が経つ。

          当時の米沢生活協同組合はすぐにボランティア山形を結成し、現地へ60数人のボランティアが被災地支援へと神戸に向かった。

          高齢者や障害者を中心に引越や入浴などの手伝いを、そして何よりも語り継ぐことと、心を寄り添うことの大切さを、この震災で沢山のことを学んだ。


          阪神淡路大震災25年に想う

          ボランティア山形 代表理事 井上肇

          あの日から25年という歳月が経つ。

          あの日とは、1995年1月17日早朝の阪神淡路大震災である。

          震災当日の朝9時に米沢生協に一通の「要請ファックス」が入った。

          当時、衆議院議員をしていた神戸の高見裕一氏が被災に遭い、高見氏は携帯電話で首相官邸に自衛隊出動要請をした。

          しかし、県知事からの要請がないと自衛隊は動けないと断れたのだった。

          そこで高見氏は東京の「ほんの木」(当時は高見氏自身も取締役をしていた)に電話をして、彼の「親分的存在」だったほんの木の柴田敬三氏に神戸の状況とSOSを話した。

          すぐにほんの木柴田敬三氏、高橋利直氏が高見氏の報告を文章化し、東京経由で「現地での被災の様子」を私ら全国にいる仲間たちに電話とファックスで知らせ助けを要請したのだった。

          このファックスに書かれている惨事は、直ぐに米沢生協の「生協にゅうす」に掲載し、手渡しで組合員に配布された。当時の小島八郎理事長の指示だった。

          さらには米沢生協の組合員は理事会を動かした。

          物資や寄付金が集まると同時に理事会は、今野敏子さん(当時理事)らの意見で「山形県民にボランティアを呼びかけよう」と、理事長小島八郎を代表にして「ボランティア山形」を結成した。

          生協組織の枠を超えての災害支援ボランティアの発足だった。

          「ボランティア山形」は資金もなく、生協からの借入金と自己負担で運営をすることにした。

          マスコミと「生協にゅうす」でボランティア希望者を募集した。

          県内から早速90名を超す被災地へ行く希望者が集まり、その中には多くのろうあ者のみなさんも含まれていた。被災地の現状や受け入れ態勢などは、神戸にある高見裕一事務所があたった。

          担当は丸山弘志といった。

          また「神戸市東灘区身心障がい者父母の会」の武田純子さんや「応援する市民の会」(経団連と大阪ボランティア協会で組織)などからも要請があった。

          当時はパソコン通信という掲示板がニフティで開設されていた。

          これを生協のシャープワープロ専用機書院やナショナルワープロ専用機など使って情報交換などにあたった。

          つづく



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          阪神大震災とボランティア山形そして生活クラブやまがた
          0
            結いのきコラム 2013/01/17

             あの1.17阪神・淡路大震災から18年。
            東日本大震災の復興にあの教訓が生かされているのか?
             
             
            生活クラブやまがた+ボランティア山形


            あれから18年という月日が経った。

            震災当日の朝9時に「要請ファックス」が入り、その日を境に私たちのボランティア山形の活動が始まった。
            その時は既に「たくろう所」を立ち上げており、生活クラブやまがた(旧米沢生活協同組合)の組合員ボランティアは確立していたが、遠く神戸にボランティアに行くことになろうとは正直思わなかった。

            当時、衆議院議員をしていた神戸の高見裕一氏とほんの木柴田敬三氏、高橋利直氏らから現地の被災の様子が刻々とファックスで入ってきた。

            特に高見氏は携帯電話で首相官邸に自衛隊出動要請をした。
            しかし、県知事からの要請がないと自衛隊は動けないと断れ、東京のほんの木に電話をして、そこからファックスで全国にいる仲間に助けを要請したのが実態だった。

            そのファックスは当時の米沢生協の組合員や理事会を動かした。
            そして山形県民にボランティアを呼びかけようという今野敏子さんらの意見で、当時の理事長小島八郎を代表にしてボランティア山形を結成した。
            県内から早速90名を超す被災地へ行く希望者が集まり、その中から63名が現地へ何回も出かけることになった。

            資金もなく、自己負担での参加である。
            その中にはろうあ者のみなさんも含まれていた。

            現地では「神戸の復興から日本の再出発を学ぼう」を合言葉に、多くの被災者のみなさんの引っ越し作業、障がい者のみなさんの入浴のお手伝いなど幅広いニーズに応えるべき、汗をかき一生懸命に働いてくれた。

            私たちがボランティアに行った日から18年も経ったとは思えない。
            つい昨日のような気すらする。
            いまでもあの被災した神戸の光景がいまも目に浮かぶ。

            そしてその時の経験と神戸で出会った人々が縁で16年後の3.11東日本大震災にこの東北に駆けつけてくれた。
            その一人が丸山弘志さん。
            彼は言う。
            「阪神・淡路大震災の教訓がこの東日本大震災復興に生かされいるのだろうか?
            すでに風化さえしているのが現実だ」

            私たちは今日も復興プランを語り合い、避難者支援の準備を繰り返している。
             
            井上 肇


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            1.17阪神・淡路大震災から17年が来る
            0


              結いのきコラム 12年 1月16日 月曜

               あの1.17阪神・淡路大震災から17年が来る
               
               阪神大震災とボランティア山形そして生活クラブやまがた



              あれから17年という月日が経った。

              震災当日の朝9時に「要請ファックス」が入り、その日を境に私たちのボランティア山形の活動が始まった。
              その時は既に「たくろう所」を立ち上げており、生活クラブやまがた(旧米沢生活協同組合)の組合員ボランティアは確立していたが、遠く神戸にボランティアに行くことになろうとは正直思わなかった。

              当時、衆議院議員をしていた神戸の高見裕一氏とほんの木柴田敬三氏、高橋利直氏らから現地の被災の様子が刻々とファックスで入ってきた。

              特に高見氏は携帯電話で首相官邸に自衛隊出動要請をした。
              しかし、県知事からの要請がないと自衛隊は動けないと断れ、東京のほんの木に電話をして、そこからファックスで全国にいる仲間に助けを要請したのが実態だった。

              そのファックスは当時の米沢生協の組合員や理事会を動かした。
              そして山形県民にボランティアを呼びかけようという今野敏子さんらの意見で、当時の理事長小島八郎を代表にしてボランティア山形を結成した。
              県内から早速90名を超す被災地へ行く希望者が集まり、その中から63名が現地へ何回も出かけることになった。

              資金もなく、自己負担での参加である。
              しかも、その中にはろうあ者のみなさんも含まれていた。

              現地では「神戸の復興から日本の再出発を学ぼう」を合言葉に、多くの被災者のみなさんの引っ越し作業、障がい者のみなさんの入浴のお手伝いなど幅広いニーズに応えるべき、汗をかき一生懸命に働いてくれた。

              私たちがボランティアに行った日から17年も経ったとは思えない。
              あの被災した神戸の光景がいまも目に浮かぶ。

               そしてその時の経験と神戸で出会った人々が縁で16年後の3.11東日本大震災にこの東北に駆けつけてくれたのだった。
               
              H.I

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              阪神大震災とボランティア山形
              0
                コラム 11年 1月18日 火曜

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                あれから16年という月日が経った。

                震災当日の朝9時に「要請ファックス」が入り、その日を境に私たちのボランティア山形の活動が始まった。
                その時は既に「たくろう所」を立ち上げており、生活クラブやまがた(旧米沢生活協同組合)の組合員ボランティアは確立していたが、遠く神戸にボランティアに行くことになろうとは正直思わなかった。

                当時、衆議院議員をしていた神戸の高見裕一氏とほんの木柴田敬三氏、高橋利直氏らから現地の被災の様子が刻々とファックスで入ってきた。

                特に高見氏は携帯電話で首相官邸に自衛隊出動要請をした。
                しかし、県知事からの要請がないと自衛隊は動けないと断れ、東京のほんの木に電話をして、そこからファックスで全国にいる仲間に助けを要請したのが実態だった。

                そのファックスは当時の米沢生協の組合員や理事会を動かした。
                そして山形県民にボランティアを呼びかけようという今野敏子さんらの意見で、当時の理事長小島八郎を代表にしてボランティア山形を結成した。
                県内から早速90名を超す被災地へ行く希望者が集まり、その中から63名が現地へ何回も出かけることになった。

                資金もなく、自己負担での参加である。
                しかも、その中にはろうあ者のみなさんも含まれていた。

                現地では「神戸の復興から日本の再出発を学ぼう」を合言葉に、多くの被災者のみなさんの引っ越し作業、障がい者のみなさんの入浴のお手伝いなど幅広いニーズに応えるべき、汗をかき一生懸命に働いてくれた。

                私たちがボランティアに行った日から16年も経ったとは思えない。
                あの被災した神戸の光景がいまも目に浮かぶ。

                H.I

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